こんにちは!UDCSEA連携チームの眞田と松田です。
現在はまみらいプロジェクトでは、UDCSEA連携チームのメンバーを中心にみなと博物館さんと連携して活動をさせていただいております。そのみなと博物館さんにおいて10月23日に横浜スカーフのイベントが行われるとのことで、本日は横浜の地場産業、生糸と横浜スカーフについて調べていきたいと思います!
まず横浜においての生糸の歴史はどのようなものでしょうか。
1859年に横浜が開港されてから、横浜は日本の経済を支える要として発展していきました。特に生糸は安くて品質が良いと世界から絶賛され、開港当時、輸出額の7割以上を生糸が占めていました。そして、横浜がその最大の輸出港で、横浜開港以来、生糸が80年以上横浜の貿易輸出量1位を占めていました。生糸は群馬県をはじめ各地から横浜に運ばれるようになり、その道は「絹の道」とも呼ばれています。横浜には各地から商人が集まったり外国の商社が開設されたりして横浜は経済的にも文化的にも日本の中心と言えるほど栄えていきました。このように生糸貿易が横浜を半農半漁の村から国際的な港町へと発展させ、更に日本の近代化に大きく貢献したのです。
そして横浜スカーフが誕生した経緯はどのようなものなのでしょうか。
生糸だけでなく、生糸から作られたシルクのハンカチ、およびドレスなども横浜港から輸出され、ヨーロッパの貴族や富裕層に質が良いということで大人気となりました。1876年セントルイス、1878年パリ、そして1880年メルボルンと、当時世界最高の万国博覧会において、数々の賞を受賞しました。世界最高水準の製版、染色、縫製の技術で作られている、横浜生まれのシルク製品ブランドが「横浜スカーフ」なのです。近年、昔の技法を調べ、そこに新しい技術を加えることで横浜スカーフがまた世界で脚光を浴びつつあります。
前述のように生糸を輸出し最終的に国際的な港町へと成長した横浜にはたくさんの生糸貿易に関する建造物や場所があります。全部は紹介しきれないので一部のみの紹介となります。この記事に載っていない場所もいくつもあるので、是非探してみてください。
① シルク博物館
横浜とシルクの歴史についてたくさん学べます。まゆから糸を取りだす「糸くり」体験や、糸から布を織る「はた織り」体験もできます。また、二階にあるミュージアムショップでは横浜シルクを用いたスカーフが発売されているほか、蚕をかたどったお菓子なども発売されています。立地としては、シルク博物館は開国当初に横浜からイギリスへと生糸を輸出したジャーディン・マセソン商会があった由緒ある場所に建っています。
② 三溪園
三溪園は、生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年に公開されました。原三溪は、富岡製糸場を経営していたこともあり、生糸と繋がりが深い人物です。園内には京都や鎌倉などから移築された歴史的に価値の高い建造物が巧みに配置されています。
③ 横浜第二合同庁舎
かつて生糸の品質検査を行っていた「横浜生糸検査所」の建物を生かしてつくられています。原寸大で再現された長大なファサードは今なお迫力があり、創建時と変わらぬ場所から生糸貿易で栄えた横浜の歴史を今に伝えています。また、横浜生糸検査場の事務所や一部倉庫は近隣にある商業・文化施設「KITANAKA BRICK&WHITE(北仲ブリック&ホワイト)」の建物として活用されています。
そしてこちらがスカーフのイベントの概要です!
横浜の地場産業になったシルクについて、横浜繊維振興会の方々をみなと博物館さんへお招きしてトークイベントなどを行います。シルクと横浜の関わりやスカーフショーなど様々な企画を開催予定です。興味ある方はぜひご参加ください。
みなと博物館のイベントURLはこちらです↓
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